昭和28年当時の菰ヶ谷(こんがさく)踏切
現在の県道千葉・大網線
(大網街道)

当時は、当然のことながら未舗装道路であり、車
はほとんど走っていなかったようです。
又、房総東線(現在の外房線)当時はまだ電車で
はなく、昭和44年頃まで蒸気機関車が白煙を吹
きながら、この踏切を通過して行ったそうです。

昭和28年当時の北口商店街

当時のメインストリート、やはり車はほとんど走って
いないようですね。
しかも、堂々と人が道の真中を歩けるほどでした。
現在では、もう姿を見なくなった、オート三輪も当時
はまだ、現役で活躍していました。
当時この辺りは停車場(ていしゃば)と呼ばれてい
ました。
昭和59年当時の菰ヶ谷踏切

この頃から、土気南区画整理事業(現在のあすみ
が丘地区)の造成工事が開始されました。
当時、スーパーや銀行など、商業の中心は土気駅
北口に集中していました。
現在は、土気誇線橋が平成16年に完成し、
菰ヶ谷踏切はその役目を終えました。
昭和59年当時の北口商店街

当時の土気のメインストリートです。
しかし、現在とあまり変わっていませんね。
当時の北口商店街には、駐車場が無かった為か
土気南地区画整理事業の開始により、工事車輌
の通行などもあり交通渋滞が多々ありました。
あすみが丘地区の整備につれ、交通量、人の流れ
も減少していくのでした。
国鉄土気駅旧駅舎

現在のJR土気駅北口です。当時はまだ現在の橋上
化の駅舎ではなく、木造平屋建の駅舎でした。
当然、南口はまだ無く、土気高校の生徒さんたちは、
北口側まで、歩いたんですね。

又、現在の南口側は山の斜面になっており、桜
の木が沢山あり、春には鮮やかな桜が咲き乱れて
いました。土気町の”春の風物詩”といったところで
しょうかね。
又、ホームで”お花見”をしていたなんてエピソード
もありました。
土気町不思議発見
第一回目の土気町不思議発見は、温故知新な不思議を発
見してみたいと思います。古い方には懐かしい、新しい方
には珍しい土気町をご紹介します。
今回は土気駅北口を中心に時代を振り返って見てみたいと
思います。
次回は、土気駅南口地区(あすみが丘)の歴史を振り返ってみたいと思います。